中島みゆきの1970年代
1975年、中島みゆきは『アザミ嬢のララバイ』でレコード・デビューを果たす。
第10回ポピュラーソング・コンテストで「時代」によってグランプリを受賞。
つづけて第6回世界歌謡祭でも中島みゆきはグランプリを受賞した。
これをきっかけにミュージシャンとしての実力を
ヤマハミュージックの川上源一に見出される。
1976年、中島みゆきのファースト・アルバム『私の声が聞こえますか』を発表。
その後現在まで、1年につきアルバム約1枚のペースで
コンスタントに作品を発表し続けている。
同年には研ナオコに提供したシングル『あばよ』が大ヒットし、
中島みゆきのソングライターとしての名を世間に知らしめる。
1977年、中島みゆきは歌手としても『わかれうた』が70万枚を超えるセールスを記録し、
ミュージシャンとしての地位を確固たるものにした。
・職業作曲家・作詞家としても、中島みゆきは先述の研ナオコに提供した
「かもめはかもめ」をはじめ、桜田淳子「しあわせ芝居」、
増田けい子「すずめ」など数多くのヒット曲を世に送り出し、大きな成功を収めた。